2026年9月29日、リバネスは「L VENTURES 15ヶ条」を発表した。世界初の科学技術を産業へ育ててきたベンチャー群の考え方を、15の言葉にまとめたものだ。ただ、これは誰かが机の上で書き上げた理念ではない。言葉は、実践のあとに生まれた。その元になったのは、たった一日の対話の記録だった。
すべてのテーブルの声を残す
2026年6月14日、高輪ゲートウェイで開かれた Knowledge Manufacturing Leaders X(KMLx)。ベンチャーセッション「ベンチャー企業に伝えたい15の提言」には、リバネスとともに研究成果の社会実装に挑んできた71社のリーダーが集まった。この日のミッションは「世界初から、産業へ。」を実現するベンチャー群のための行動規範をつくることだった。
各テーブルの真ん中には、タマゴ型のデバイスが一つずつ置かれた。L VENTURES の一社であるハイラブルの「Hylable Discussion」だ。参加者はそれに向かって、4つの問いのうち一つを選び、3分ずつ自分のエピソードを語った。最も孤独だった瞬間。仲間に救われた瞬間。「これだけは譲れない」と決めた瞬間。そして、次世代へ残したい判断基準。
求められたのは、きれいな成功談ではない。なぜそう思ったのか、そのときどう動いたのか、会社はどう進んだのか。L VENTURES の技術が、L VENTURES の言葉を集めていた。
壇上で語られた、20年の関係
セッションの後半は、クロストークだった。ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏、Helical Fusion の田口昂哉氏、ARK の栗原洋介氏、ElevationSpace の小林稜平氏、そしてリバネス代表取締役 グループCEO の丸幸弘が登壇した。
出雲氏は、創業期のいちばん苦しい時期に、丸へ顧問料を払えなくなったことがあると語った。丸は関係を終わらせず、「一緒につくった会社だから」と支援を続けた。条件は一つ。ユーグレナが生き残って有名になったら、リバネスの話を200回すること。出雲氏はその約束を、いまも果たし続けている。2005年のユーグレナ創業から続く二人の関係は、L VENTURES の原点そのものである。
丸は、ディープテックの評価軸についてこう言い切った。
「時価総額で遊ばない。産業をつくったかどうかは、お客様に届いた売上で見る」
出雲氏は、自分に都合のよい助言だけを拾うのではなく、自分より先を見ている人を信じて、まず実行してみることの大切さを語った。
録音はその場でAIが解析し、テーブルの声と二人の言葉を織り込んだ草稿がつくられた。その夜のリバネス設立24周年パーティーでは、「β版」の15ヶ条が発表された。ただ、それは速報にすぎない。本当の作業は、6月14日が終わってから始まった。
4人で、つぶさに読む
全テーブル分の対話と、壇上のクロストーク。そのすべての文字起こしを一つひとつ確認したのが、リバネスの長谷川、篠澤、武田、齊藤の4人である。2013年、「次のユーグレナを生み出す仕組みをつくりたい」と、丸とともにTECH PLANTERの立ち上げを発案した4人だ。
文字起こしには誤変換が混じる。固有名詞や数字を一つずつ確かめ、発言の勢いを残したまま整理していく。AIは発言を構造化する道具として使った。ただし、どの言葉を残すかを選んだのは人間だった。
読み進めるほど、見えてきたのは現場の痛みだった。資金が尽きかけて、オフィスの荷物を一人でトラックに積んだ夜。社員には言えない給料日。論文を出せば誰かが社会実装してくれると信じていた頃。その一方で、語る主語は「自分の会社」で止まらず、「産業」「地球」「人類」へと伸びていた。足元はぎりぎりなのに、言葉だけは妙に大きい。
4人はさらに、丸と出雲氏がこれまでの著書や講演で語ってきた言葉を振り返った。当日の発言だけでなく、20年の間に繰り返し語られてきた言葉と突き合わせることで、その場の熱量だけで終わらない言葉を探した。
「我々らしさ」を磨く
β版は、正しかった。だが、まだ誰の言葉でもありうる文章だった。
顧問料のエピソードは、β版の段階では「恩はお金だけで返すものではありません。支えてくれた人の話を何度でも語りましょう」だった。最終版では、こう変わった。
「潰れそうなときこそ、大変な時こそ、恥を顧みず会いに行く。」
恩を返す側の話から、危機のさなかに自分から会いに行く側の話へ。同じエピソードでも、どの瞬間を切り取るかで言葉は変わる。
「早い利益や小さな上場の声に、挑戦を縮めないようにしましょう」は、こうなった。
「夢は大きく。新しいことを仕掛けて、世界を変える。」
添えた一文は、資金が尽きかけても藻類の総合デパートには逃げず、「ミドリムシが世界を変える」と言い切ったユーグレナの話である。
もう一つ大きく変わったのは、語尾だ。β版はすべて「〜しましょう」で終わっていた。最終版では「〜する」「〜なさい」と言い切る形にそろえた。呼びかけではなく、自分たちの約束として書く。それが、4人が探していた「我々らしさ」の手触りだった。リバネスの周りに集まるベンチャーは、いつしか「なんかリバネスっぽい」と言われるようになった。その「っぽさ」を、ようやく言葉にできた。
言葉が、各社の言葉になる
2026年9月29日、15ヶ条は正式に発表された。
翌日、Eco-Pork とモルミルが、それぞれ自社のサイトで15ヶ条を紹介した。同じ週には、セカンドハート、IDDK、イルミメディカル、MI-6 が L VENTURES への参画を相次いで発表している。
書いたのはリバネスの4人だ。だが、語っていたのは71社のリーダーたちだった。資金が尽きる夜にも、誰かの言葉に救われた日にも、彼らはすでにこの15ヶ条を生きていた。だからこの言葉は、苦しいときに「これは自分たちの話だ」と思い出すためにある。そしていま、各社が自分の言葉として語りはじめている。